双連朝市存続問題 「署名」に参加する前にちょっと考えてみてほしいこと<続報追記:朝市のその後、動画あり>

双連朝市文昌宮

 近日、Twitterの台湾好き日本人界隈で注目を集めている雙連朝市の存続をめぐる署名問題。

 賛否両論が巻き起こっていますが、まず私の立場を表明しておくと、署名活動が起こっていること自体についてはいろいろな立場、思惑があるのもわかるので否定しません。ですが、「思い出の場所だから」「台湾らしいから」という安易な理由だけで気軽に署名に参加している人の存在について危うさを感じ、批判的な目を向けています。

 「台湾好き」だからこそ、自分の感情だけに囚われずに、「地域にとって何がいいことなのか」ということを考えた上で自分の行動を決めるべきなのではないかと私は思います。

 ただ単に「思い出の場所だから」「台湾らしいから」という主観的な理由だけを考えて、地域全体のことに思いを巡らさないのはエゴではないかと思うのです。

 「安直に署名をすることがなぜ問題なのか」ということについて、考えていきたいと思います。

<2020年8月16日追記>

 双連朝市がその後どうなったのか、騒動の結末について動画を交えて追記しました。(目次から飛べます)

話題になった経緯

 まずは存続問題が日本人界隈で騒がれるようになった経緯について振り返ります。

 Twitterでこの問題が浮上したきっかけは、文筆家の栖来ひかりさんのツイートです。

下記記事を添付した上で、

参考 朱淑娟專欄:柯文哲的偉大城市,竟是在消滅雙連攤商?風傳媒

双連駅横の朝市が今月の15日で無くなりそうです。

7月7日投稿

と発言されました。

 この「無くなりそう」という言葉はインパクトが強く、一気に台湾好きの日本人の間で「双連朝市が無くなるんだ!」との認識が広がっていきました。

 そしてその翌日の8日、双連市集自治会主催の存続要望署名(日本語版)のURLが投稿され、署名への参加が呼び掛けられました。

 これに、双連朝市に思い入れがある日本人がこぞって参加を表明していったのです。

朝市は本当に「無くなる」のか?

 では朝市は本当に「無くなる」のでしょうか?

 端的に言うと、「無くなる」わけではありません。

 朝市がある民生西路45巷の東、西両側の露天商に対し、東側で商売するよう市から通達があっただけで、立ち退きを命じられているのは西側の部分だけです。東側の商店の営業は継続されます。ただ、露店が並ぶ風景が朝市らしい光景を織りなしていたことは確かなので、その意味では「無くなる」が100%間違いとは言い切れないかも知れません。

存続問題はなぜ出てきた?

 これを前提に、存続問題の核心について見ていきます。

 市はなぜ、「路地の東側でしか営業しちゃダメだよ」という通達を出したのでしょうか。

 一言で言えば「防災上の理由」です。背景には、市内のカラオケ店で4月下旬に発生した火災事故を機に、防災が市の再優先課題になっているという点があります。

参考 台北歓楽街のカラオケ店で火事 50人超が病院搬送、5人死亡/台湾中央社フォーカス台湾 参考 雙連綠地守住了 違規攤販占用道路將開罰聯合報新聞網

 聯合報の上記記事によれば、この路地の幅員は5メートル。消防車が通れるようにするには3.5メートルが必要なのですが、現在は道の両側に露店が出ているために十分なスペースが確保できていないという問題がありました。十分なスペースがないと、火災などが起きた際に消防車が通れず、消火や救助が遅れる可能性があります。

 また、台北市市場処によれば、西側の露天商は無許可で販売を行っている人も多く、土地の使用料や環境美化費を支払っていないという問題もあります。

 市側は元々西側に出店していた露天商に対し、東側に移るように求めていますが、西側の露天商は、東側は賃料が高く、そしてすでに場所も埋まっているために移動しようにもできないと主張しています。

 立ち退き措置が浮上したもともとのきっかけは、MRT中山駅と双連駅の間に南北に伸びる「線形公園」の整備という事情があり、今ある緑地のコンクリート化や緑の柵の設置などが計画されていました。この2つについては地元住民や環境保護団体の反対によって撤回されたのですが、違法な露天商の問題については以前から指摘されていたこともあり、今回、「防災」を理由に立ち退き措置を実施することを決めたようです。市側は6月29日の説明会で「消防の安全は譲れない」と明言しています。

参考 雙連站施工趕攤販 攤商:請柯P給口飯吃yahoo!新聞

存続は地域住民の総意ではない

 経緯や問題の背景を理解した上で、当事者である「地元の意見」に目を向けます。

 理解しておかなければならないのは、存続署名を実施している「双連市集自治会」は露天商でつくる組織であり、地元住民の組織ではないという点です。

 よって、「存続支持=地元住民の総意」では決してありません。

 6月30日付の聯合報(電子版)によると、6月29日に市が開いた説明会に出席した地元・集英里の里長は取材に対し、以下のような内容を指摘しています。

・違法露天商によって街の清潔さが著しく損なわれ、ネズミやゴキブリが生じた
・露天商の多くは市外から来ている
・2016年から市に露天商の問題に対処するよう求めてきた
・露天商が立法院で抗議活動を行った際、地域住民から「なぜ住民のために声を上げないのか」との電話が殺到した

 里長は露天商の立ち退きに賛成する立場を示しているのです。この発言からは、地域住民の中には露天商をよく思っていない人も少なくないことが伺えます。

理解した上でどうするかはその人次第

 ここまで来ると、市側にも正当な理由があること、双連朝市を抱える地元住民が必ずしも存続を希望しているわけではないという点が理解できると思います。

 私は、署名活動に参加するからには、自分とは反対側の立場の意見にも思いを巡らすことが必要ではないかと考えます。自分が本当に当事者なら、自分の意見だけを見つめて、主観的に参加しても責められる筋合いはありません。ですが、今回の件の場合、多くの日本人は当事者ではありません。署名する理由が「露天商の友人を助けたい」とか、切羽詰まった理由であれば、そこには当事者との関連性があり、その人自身の問題でもあるので私は意見はないです。

 でも単に「台湾旅行でいつも行く場所だから」「台湾らしい風景だから」という自己中心的な考えで署名をするならば、それは無責任なのではないかと思います。地域を左右する問題なのだから。署名をすることで露天商の人は喜ぶかもしれないけど、地域住民の中には喜ばない人もいます。本当にそれでいいのか。署名をしようと思っている人には、そこをちょっと考えてみてほしいなと思います。

文化保存という視点

 署名活動の文面の中には「文化保存」という文言があります。これはすごく考えさせられる問題でもあります。

 私は「台湾らしさを~」という理由で存続を支持することには否定的ですが、「台湾らしさ」=「文化」と考えると、台湾らしさを残すことを理由に外国人が存続を支持することは必ずしも悪いことではないのかもしれないとも思います。

 昨年直木賞を受賞した川越宗一の小説『熱源』は、アイヌを題材にした物語ですが、この中でアイヌの文化の価値を見出し、それを研究、保存しようとするのはアイヌではなく、外部のポーランド人や日本人です。

 自分たちの文化の価値は他者の目を通じて初めてわかるというのは往々にしてあることだと思います。

 市場だってそうです。双連朝市の話題を身近な台湾人にしてみたところ、その反応はみんなあっさりとしたものでした。ルームメイトに「日本人が双連朝市が無くなるのを悲しんでる」と教えたら「なんで??」と心底びっくりしていました。多くの台湾の人にとっては、双連市場はそこらへんにある市場の一つでしかありません。だからこそ、外部の人がそこに価値を感じているならば、それを伝えるということは大切なことだと思います。

 ただ一方で、外部の人が他者の文化を守ろうとするなら、そこには相手に対する真の理解と思いやり、責任感が必要だと考えます。文化を守るのはいいけど、そこには他者の生活があるわけで、文化保存が他者の生活に犠牲を強いることはあってはならないと思うのです。

 存続を求める自治会が言うように、「伝統市場と文化保存、そして公共安全と清潔な環境とを両立させる道を、何とか見いだせないか」というのは確かに理想的です。そうなるのが一番だと思います。でもあえて言わせてもらうなら、具体的なビジョンや落とし所を提示しないまま市に譲歩を求めるのは、結局は自分たちの意見を通したいだけのように見えてしまい、存続させるための口実の一つとして「文化保存」を利用していると疑念を抱かずにはいられませんでした。

<追記>その後の双連朝市

 この騒動から1カ月以上が経過し、進展がありましたので、追記していきます。

 報道によれば、台北市は7月20日、立ち退きに反対していた露天商側の代表から理解が得られたと発表。黄珊珊副市長は17日、自ら露天商への説明に当たり、「工事期間中は市内の別の市場での出店を申請できること」や「工事の後は双連で市の計画にのっとった営業が可能になること」を伝えたということです。

参考 双連朝市、立ち退きで対立の露天商と台北市が合意 整備加速へ中央社フォーカス台湾

 そして7月27日、騒動の発端となっていた線形公園の改修工事が始まり、露天商の退去が始まったとされています。

参考 双連エリアの整備が始動 公園側露天商も徐々に退去中央社フォーカス台湾

 8月16日、双連朝市の今の様子を撮影してきました。(撮影日時:8月16日(日)午前11時ごろ)

 ※途中歩いているシーンは画面が揺れます。長いので、速度を早めて再生されることをおすすめします。

 公園一帯がフェンスで囲われ、公園側の露店はすでになくなっていました。ですが、朝市の賑わいは健在で、多くの買い物客であふれていました。

 もちろん見慣れた風景が変わってしまうのはさみしいけれど、線形公園が整備された後、双連朝市がまたどのように変化していくのか、その姿を見るのが楽しみだと感じました。私は、新旧を融合させながら、常に変化していくという一面も台湾の魅力、強さだと思います。双連朝市の一件は、そのことを改めて感じさせてくれました。

2 COMMENTS

2020年のお礼と2021年への思い | 台湾日常~日常目線で考察する「素」の台湾~

[…]  誰にも知らせずにこっそり始めたブログだったため、最初はTwitterのフォロワー数1、2人、PV数も一桁という状況でしたが、7月に双連朝市の記事が一夜にしてTwitterで一気に拡散されたのをきっかけに、たくさんの方に見ていただけるようになりました。当時は予想だにしなかった反響を嬉しく思うと同時にとても驚き、ややドキドキしたのを覚えています。 […]

返信する

コメントを残す