台湾映画『親愛なる君へ』同性愛を巡る問題と家族のカタチを描く

親愛的房客

「僕が女だったとしても同じ質問をしていますか」

 2020年10月23日に台湾で公開されたモー・ズーイー(莫子儀)主演の台湾映画『親愛なる君へ(親愛的房客)』(Dear Tenant)の中で、ズーイー扮する林健一が検察官に対して発したセリフです。

  同作は、同性愛、介護、養子縁組などの問題を盛り込みながら、家族の形について考えさせる作品です。題材としては重いのですが、ズーイーの色気が最初から最後まで充満し、「モー・ズーイーの魅力を伝えるために作られた」と言っても過言ではないほどの作品となっています。この作品を見れば、ズーイーのファンになること間違いなし。ファンであれば、ズーイーを見るためにリピートしてもいいくらいです。この部分については後で詳述するとして、この記事では感想を交えながら作品について紹介していきます。

作品情報

 メガホンを取ったのは、『一年之初−いちねんのはじめ−』や『陽陽』のチェン・ヨウチエ(鄭有傑)。チェン監督は脚本、エグゼクティブプロデューサーも務めています。共同エグゼクティブプロデューサーにはヤン・ヤーチェ(楊雅喆)監督も名を連ねています。

 主演はモー・ズーイー。チェン監督とは2006年の『一年之~』以来のタッグです。ズーイーの亡くなった恋人・立維役を『台北の朝、僕は恋をする』(一頁台北)のヤオ・チュンヤオ(姚淳耀)、立維の母親役を数々の台湾ドラマや映画で活躍するベテラン女優のチェン・シューファン(陳淑芳)、立維の子供役をバイ・ルンイン(白潤音)がそれぞれ演じます。

 11月21日発表の第57回金馬奨では、長編劇映画、監督、主演男優、助演女優、脚本、オリジナル映画音楽6部門にノミネートされています。また、今年7月の台北映画賞では、ズーイーが同作で主演男優賞を受賞しました。

あらすじ

 アパートの屋上の部屋に住む林健一(モー・ズーイー)は、下の階に暮らす持病を抱えた高齢の大家とその孫の世話をしながら生活していました。さらには、余命が長くないと悟った大家の提案により、孫を養子に取ることにもなります。普通の入居人の域を超えたことを健一がするのには理由があります。それは、大家とその孫が、亡くなった恋人・立維(ヤオ・チュンヤオ)の家族だったからです。

 しかし、大家の死をきっかけに、立維の弟(是元介)からあらぬ疑いをかけられ、健一は警察の捜査の対象とされてしまいます。出てくるのは健一に不利な証拠ばかり。そして殺人と違法薬物所持の疑いがかけられることになるのでしたーー。

 物語は、健一が殺人と違法薬物所持の疑いで検察官の取り調べを受ける場面から始まります。そして過去にさかのぼっていく形で、観客に真実が明かされていきます。

kuroqie
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なんと公式の日本語字幕版予告編がありました!!

さすがチェン監督!!!

<2021年6月25日追記>

同作は『親愛なる君へ』のタイトルで2021年7月25日に日本で公開されることが決まりました。

公式サイト:http://filmott.com/shin-ai/

作品のポイント

 次に作品の魅力や見どころを紹介していきます。このパートは軽いネタバレが含まれます。

1. モー・ズーイーの魅力が炸裂

 冒頭でも書きましたが、この作品は「モー・ズーイーのための映画」と言って過言ではないです。登場人物が少ないせいもあると思いますが、最初から最後までずーっとズーイーが出てきます。

 エプロンを着たズーイーや、子供の前で優しい表情を見せるズーイー、亡き恋人を思い切ない顔をするズーイー、警察の不条理にやるせない思いをにじませるズーイー、ラブシーンで感情を爆発させるズーイーなど、様々な表情のモー・ズーイーを見ることができます。

 その場その場での異なる感情を繊細に表現していて、俳優としてのモー・ズーイーの確かな実力を感じさせました。そしてどのシーンでも色気を漂わせていたのは、モー・ズーイーという人物自身の魅力の為せる技ではないでしょうか。本当に色気が半端ないです。

 私自身は、モー・ズーイーといえば、グイ・ルンメイと共演した『遠い道のり』(最遙遠的距離)で、この映画は私がズーイーを知ってファンになった作品でもあるのですが、『親愛的~』はズーイーの新たな代表作になること間違いないです。

2. 「同性愛映画」ではなく「家族の物語」

 健一は、大家と孫の世話をし続ける理由について検察官から尋ねられた際、大家の息子である立維とは「パートナーだった」と正直に打ち明けます。ですが、その答えに対して検察官は、「恋人が亡くなって、あなたは引っ越しをしようと思わなかったのですか」と聞きます。その言葉を受けて出てきたセリフが、冒頭に紹介した「僕が女だったとしても同じ質問をしていますか」です。

 また健一は、自分が財産目的で子供の悠宇を引き取ったと疑う立維の弟から、「悠宇に普通じゃない環境で育ってほしくない」と言われ、「普通じゃない環境とは何なのか」と激しく反発します。

 これらのことから分かるように、健一は「同性愛者だから」という理由だけで、亡くなった恋人の家族を愛する気持ちを疑われてしまいます。

 でも実際、家族のことを誰よりも愛しているのは健一です。そして大家のおばあちゃんも健一のことを家族だと認め、悠宇も健一を父親だとみなしていました。それなのに、おばあちゃんの世話もしないし、悠宇からも懐かれていない立維の弟は「血縁関係がある」という理由だけで大きな権利を持ち、警察を味方につけて健一を窮地に追いやっていくのです。

 チェン監督にインタビューを実施した台湾メディアの記事でこのような記述がありました。

身為編劇和導演,鄭有傑最希望傳達的是「沒有血緣的人也可以珍惜一個人」、「就算不是真正的親子也可以成為一家相愛的人」。

(脚本家、監督として、チェン・ヨウジエが最も伝えたかったのは「血縁関係がなくても誰かを大切にできる」「本当の親子じゃなくても互いに愛し合える家族になれる」ということだ。)

怨久了,也愛了──解開爆炸的約束,鄭有傑《親愛的房客》從不幸的缺口探索幸福的入

 同じインタビュー記事で、チェン監督はこうも語っています。

他的母親和岳母就在映後告訴他:「有傑,我覺得你這個不是同志片。雖然男主角是同志,可是我感覺是在講家的故事。」

作品上映後、母親と義母からこう言われました。「ヨウジエ、これは同性愛映画じゃないね。主人公は同性愛者だけど、家族の物語であるように感じたわ」と。

 誰かを大切に思うのに血縁関係は関係ない」

 これは私も鑑賞後に感じたことでした。余談になりますが、私が最近見ている台湾ドラマ『我的婆婆怎麼那麼可愛』でも同じように、血縁関係がある息子、娘は母親の金に群がることしかせず、一方で、家業や母親のことを本当に考えてくれているのは、血縁関係がない嫁や従業員であるといった内容が描かれていました。台湾は家族の結びつきが強いと感じているのですが、複数の作品でこういった状況が描かれるのは興味深いです。

 チェン監督は上述のインタビュー記事の中で、「同性愛者が登場する恋愛映画、サスペンス映画などを全部『同性愛映画』としてくくってしまったら、映画のその他の要素は全部無くなってしまう。このようになるべきではない」といった発言もしています。

 私もこれも完全に同意です。この作品を「同性愛映画」でくくってしまえば、やっていることは、作品中に登場する検察官や弟など、同性愛者に偏見を持ち、差別する人と同じです。主人公の個人的な背景が同性愛者であるだけで、描いているのは家族の物語。同性愛という要素だけにフォーカスするのではなく、一つの要素として見てほしい。そうすることで、同性愛者を特別視しない風潮を作りたい。そんな願いが作品には込められているのではないかと感じました。

まとめ

 『親愛的房客』はモー・ズーイーの魅力にあふれた、家族の形を考えさせられる作品です。淡い色合いと淡々とした展開で、心を落ち着かせてくれます。物思いにふけりたい気分の時に見るのもおすすめです。繰り返しになりますがモー・ズーイーが好きな方は、見ないと後悔するレベルなので、必ず見ましょう(笑)。

 先に紹介した日本版公式予告編によれば、日本公開は未定(6月の投稿時点)ということですが、日本にもチェン監督やモー・ズーイーのファンは多いはずなので、早く公開、もしくは映画祭上映などされてほしいですね。

 作品を応援するためにも、この記事をSNSでシェアしていただけると大変うれしいです!!!(宣伝ですみません笑)

星:☆☆☆☆(4)

耳寄り情報

  フラン(法蘭)が歌う作品のテーマソング「在夢裏」のミュージックビデオ(MV)は作品のプロローグ的な内容になっており、本編では詳しく描かれない健一と立維の馴れ初めや2人の恋愛の様子などが盛り込まれています。

 またこの曲は、作品中で健一と立維、健一と悠宇の結びつきを感じさせる重要な役割も果たします。作品を見た方も、まだ見ていない方も必見です。

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