最近読んでいる小説に、今の私の気持ちにぴったりと寄り添う一説があった。
祭りなんてどうでもいいけど、俺と目を合わせようともしない山根のおっちゃんの態度には、かちんときた。山根のおっちゃんは、ふだんからそうだ。俺は俺なりに、村でうまくやっていこうと思ってるのに、道で挨拶してもまるっきり無視する。
三浦しをん「神去なあなあ日常」
その晩、俺は悔しくてなかなか寝付けなかった。「お怒りに遭う」なんて、いい年して大真面目に言ってる山根のおっちゃんにも腹が立ったし、いいともいやだとも言わず曖昧なまま、俺が祭りに参加することを拒む村の住民にもいらついた。
三浦しをん「神去なあなあ日常」
横浜出身の青年が、林業に従事するためにやってきた山奥の村で、その村の神聖な祭りに参加するのを一部住民から反対されるという場面。
この文章を読んで、はっとした。
台湾はまさに「ムラ」だーと。
参考 村社会コトバンクなんの話をしているかと言うと、台湾の行政院(内閣)が新型コロナウイルスの経済対策として打ち出した「振興三倍券」のことだ。
この振興券は、落ち込んだ消費活動の活性化を目的に発行するもので、3000元分使える券を1000元で買えるというものなのだが、この購入対象に、外国人は「台湾人の配偶者」しか入れられなかった。私のように、台湾で働き、納税し、永住権を取っている者でも、「台湾人の配偶者」でなければ「対象外」というわけだ。
なぜ「婚姻関係」という個人の自由に基づくものによって外国人を区分するのか?激しい怒りがこみ上げてきた。
なぜ配偶者だけ?
そう思い、振興券の発表記者会見に関するニュースや映像を調べた。
目次
記者会見の中で徐国勇内政部長は、意気揚々と「新住民※は台湾の一員。(振興券の購入は)問題ない」と語った。この言い方によると、外国人の中でも配偶者だけが対象とされた理由は、配偶者が「台湾の一員」だからだ。(※内政部移民署の定義によると、新住民とは台湾地区の人民と結婚した外国人、無国籍者、大陸地区人民、香港・マカオ市民を指す)
裏を返すと、対象外となった出稼ぎ労働者や専門人材、留学生などは、在留資格を持っていても、そしてその在留資格が永住権であっても「台湾の一員ではない」と認定されたということだ。なぜ配偶者以外を対象から外したのかについて、少なくとも記者会見での説明はない。
私は悔しい。婚姻関係や血縁関係がないと、一員としては認められないのかと。
悶々としていたその時、冒頭の文章に巡り合った。この文章を読んですっと腑に落ちた。これを私と台湾の関係に置き換えるとこうだ。
「振興券なんてどうでもいいけど、私と目を合わせようともしない台湾政府の態度には、かちんときた。台湾政府は、ふだんからそうだ。私は私なりに、台湾社会でうまくやっていこうと思ってるのに、税金を納めてもまるっきり無視する。」
台湾はムラと変わらないんだと思うと、婚姻関係、血縁関係で内と外を分けることも納得できる。
これは蔡英文総統が2016年、移民関連の式典で述べた言葉だ。
(移民や出稼ぎ労働者が)労働の仕事や介護の仕事、あるいはその他の専門的仕事に従事しているのであれ、婚姻の関係で台湾に来たのであれ、台湾社会は彼らによってさらに多元的になります。移民や出稼ぎ労働者の方々が各所でコツコツと積み上げてきた努力と貢献に心から感謝の意を表します。
総統府公式サイト「打造多元包容文化 總統:移民和移工都是我們臺灣的一份子」(筆者訳)
「出稼ぎ労働者も専門人材も配偶者もみんな同じだよ。感謝してるよ」と言っておきながら、いざとなったら出稼ぎ労働者も専門人材も排除する。結局のところ、「感謝」なんて言葉はお飾りでしかない。
一つだけ蔡総統を擁護しておくと、振興券は総統府の管轄ではない。もしかしたら蔡総統は全ての外国人を対象にするべきだと考えていたけれど、行政院や経済部に却下された可能性もゼロではない。けれど、政権として、外国人への考え方は統一してほしいし、一貫しているべきだと思う。
私は台湾での生活は好きだ。大学院時代は政府から奨学金をもらったし、台湾に貢献したいと心から思っている。そして、ほんの少しは貢献できているのではないかと自分では思っている。だからこそ、社会の一員として認められないのは悲しいし、「多元社会と言ってるのになんでこんな仕打ちを」と言いたくなる。
今回の振興券について、私のように不満に思っている人もいれば、他人事だと思っている人、特に関心がない人、外国人だから仕方がないと思っている人ー同じように台湾に暮らす日本人でも受け止め方はそれぞれ違う。
それは仕方ない。配偶者、駐在員、留学生、私のような現地企業勤務者など、それぞれが属するカテゴリーによって、台湾社会の見え方は違うから。外国人だからという理由で差別されたことなんてないという人もいるのだろう。
でも、旧態依然とした台湾人主体の組織に属してきた私個人の経験では、単に「外国人だから」と理由だけで何度も不当な扱いを受けてきた。
もちろん、周りの人たちはいい人で、個人対個人として差別されたことはない。逆に親切にしてくれる人もたくさんいる。でもそれが組織対個人になると、組織は外国人を国民と区別する。お客様には優しいけれど、中に入ってきたよそ者に対しては自分たちの利益が奪われないように抑えつける。まさにムラのように。
こういうのが何度も積み重なってきたから、台湾で外国人が国民と同じように扱われないことはもう仕方ないとして受け入れてきた。「そんなに嫌なら日本に帰れば?」と思われるかもしれない。ごもっともだ。それでも台湾に残り続けるのは私の選択だから、多少の理不尽さも受け入れるしかない。
でも、今度は「外国人」という線引きではなく、「婚姻関係」という今までとは異なる基準で待遇に差をつけられた。もしこれが人道支援的なもの、例えば武漢からの退避とか、そういう類のものだったら、婚姻関係で線引きすることは理解できる。でも、今回の振興券の狙いは「経済活性化」。しかも、振興券をもらうには一旦は自分のお金を出す必要がある。それだったら、居留権を有する外国人全てに権利を与えてもいいのではないか。配偶者がお金を使おうが、外国人がお金を使おうが、経済活性化につながればいいんだから。もちろん財政的な事情はあると思うけれど、それは理由にはならない。最初から在留外国人を対象に入れる気があるのならば、それを前提として別の救済策を考えることもできるのだから。
蔡英文政権下の台湾政府は「多元」と同様、「自由」もやたらと強調する。婚姻の自由は、配偶者を選ぶ自由でもある。台湾人と結婚しないと権利を認めてもらえないなんて、全然自由じゃない。
先日、司法院大法官会議で、姦通罪が違憲と判断されて廃止された。根拠としては「性的自己決定権」が挙げられた。理論が飛躍しすぎかもしれないが、外国人が権利を享受するのに「台湾人との結婚が必要」とするのは、間接的に自己決定権を侵害しているのと同じではないかと思う。
私は決して台湾が憎いわけではない。台湾には恩があるから、社会に貢献したいと今でも思っている。昨今の潮流では、台湾の明るい面だけにスポットが当たりがちで、中には手放しで台湾を称賛する人もいる。もちろんそれは悪いことではない。台湾に良い面はたくさんある。ただ、私は台湾にはこういうネガティブな一面もあることも知ってもらいたいと思う。台湾に住む外国人が等しく権利を享受できる日が来ますように。
<後日談>振興券についてお役所に意見を出したところ、返信が来ました。どんな返事が来たのか?下記記事に内容をまとめました。
実際に意見を出してみて分かった台湾官公庁の陳情対応の3つのすごさ
コメントを残す