台湾映画の名作として名高いホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の「悲情城市」。ベルリン国際映画祭で最高賞の金獅子賞に輝いたこともあるほどなので、台湾好きさんなら一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
ただ、「2・28事件」という台湾史上とっても複雑で、そして重い出来事を題材としていることから、とっつきにくいのは事実。しかも約2時間40分という超大作!!
実を言うと、私も過去に2度ほどDVDで見ようと試みたことはあるのですが、いつも途中で意識が飛んでしまい、「はて、どんな話だったっけ…?」となっていました。
台湾では2月24日にデジタル修復版が公開されたので、「今度こそはちゃんと見るぞ!」と意気込んで、ポスターがもらえる特別上映に見に行ってきたのでした。
この記事では、「悲情城市」に少しでも親しみをもってもらおうと、ミーハーの私がミーハーさんに向けてこの作品を紹介しようと思います。
目次
あらすじ
物語の中心は、基隆の有力一族・林家。林家は男だけの4人兄弟で、現在は長男の文雄が一家の主を務めています。この文雄お兄ちゃんは、気性が荒い、ザ商売人といった風格。愛人もいて、愛人のところには終戦の日に男の子が生まれます。次男は戦争でルソン島に派遣されたものの生死不明、三男の文良(高捷、ジャック・カオ)は戦後に台湾に戻ってきましたが、戦後に台湾の統治を始めた国民政府から「売国奴(漢奸)」とみなされて捕まり、獄中で精神を病んでしまいます。四男の文清(トニー・レオン)は写真館を営む温和な青年。文雄とは正反対の性格で、文雄から怒鳴られることもありますが、耳が不自由で喋れないこともあって、飄々とした、何事にも動じない独特の雰囲気を持っています。文清には親友・寛栄がいて、その妹の寛美から恋心を寄せられています。
映画は1945年8月15日、天皇による玉音放送がラジオで流れる中、文雄の愛人のところで男の子が生まれるところから始まります。日本による統治の終了後から、国民政府が台湾にやってくる1949年12月までの物語が描かれます。
その中で、一家は台湾を接収した国民政府に人生を大きく狂わされ、深い痛みを負わせられることになるのでした。
悲情城市と2・28事件
ここで少し、この作品と2・28事件の関係について触れておきたいと思います。
この作品は2・28事件を題材にした作品とよく言われますが、2・28事件を直接的に描くというよりも、一家の運命を変える出来事として同事件が描かれます。
2・28事件は複雑すぎて私も自分の理解に自信がないのですが、私の理解によると、台北で起きた闇タバコの取り締まりで市民が誤って殺されたのをきっかけに、台湾人(本省人)による外省人(戦後に大陸からやってきた人々)を標的にした反乱が各地に広まり、国民党政府によって軍事鎮圧された事件です。これによって多くの台湾人が犠牲になりました。事件を機に台湾には戒厳令が敷かれることになり、白色テロの時代に入ることになります。
映画の中では、列車のところで市民が外省人狩りをしようと暴動を起こし、言葉をしゃべれない文清が外省人だと疑われて危うく攻撃されそうになるというシーンも登場します。
ミーハーさん向けにと言いつつ、だいぶ硬くなってしまいましたが、これからゆるゆる見どころ紹介に入ります。
見どころその1:トニーレオンがかっこいい
なんといってもこれ。
悲情城市の台湾での公開は1989年。今から30年以上前です。トニー・レオンは現在60歳なので、撮影当時は20代半ばくらいだと思います。
しゃべれない役なので、セリフらしいセリフは、とても重要なシーンで絞り出す一言のみ。あとは、身振り手振りの演技です。
でも、その目の強さ、落ち着いた風格から、ものすごい芯の強さを感じさせます。それによって、文清という人物がとても魅力的に形作られていました。寛美ちゃんが好きになるのも無理はない。しかも、普段は温厚なのに、自分の信念のために山に隠れて暮らすようになった寛栄を訪ね、「自分も力になりたい」と訴えた時には珍しく強い感情をあらわにし、揺るぎない信念をのぞかせたシーンはとても印象的でした。
私は香港映画はあまり見ないのでトニー・レオンファンでは決してないのですが、この作品で彼の魅力を知ったのでした。
見どころその2:観光地・九份のかつての光景を感じる
この作品は、今では観光地として知られる九份とその近くの金瓜石で撮影が行われたそうです。
ただ、作品が撮られたのは観光地化される前のこと。
林家が営むレストラン「小上海」は、かの有名な九份の狭い階段の脇にあり、レストランの外で撮られたシーンは九份らしさを感じさせます。ですが、その雰囲気は今とはだいぶ違った印象です。
ちなみにこの「小上海」は、かつては営業していたのですが、GoogleMapによれば、現在は閉業している模様。
九份から眺めた海の風景も度々出てきます。町並みの雰囲気は変わったけれど、海の姿は昔も今の変わらず、過去と今のつながりというのを感じました。
九份はもともと地理的関係で雨や霧になりやすく、晴れている時よりも曇りのほうが風情があると言われますが、作品に登場する九份の風景も基本的に霧がかかってどんよりとしています。晴れの風景はほんのちょっと。
このどんよりとした雰囲気が作品の登場人物との心境ともリンクしていて、作品がより印象深いものになっていたように思います。
ちなみに先日、台湾を訪れたトニー・レオンは、共演者のジャック・カオと共に九份を再訪していたようです。
ロケ地情報はこちらの記事が参考になります。中国語記事ですが、気になる方はどうぞ。作中に出てきた病院はすでに取り壊されているとのことです。
台湾史においてとてもセンシティブな事件を描いたこの作品。
重い作品ではあるけれど、私は映画の楽しみ方って人それぞれでいいと思うので、深刻な内容の映画でも身構えて見る必要はないんじゃないかなと考えています。
ホウ・シャオシェン監督はかつて、確か何かのイベントで、世間から「ホウ監督の作品を見ると眠くなってしまう」との声が出ていることに対して、「自分の作品で眠る人がいるということはリラックス効果があるということだから、光栄なこと」といった旨の発言をしていました。(私の記憶が正しければ)
私はこの発言を聞いて、すごくホッとしました。正直、私もホウ・シャオシェン監督の映画を見ながら寝ちゃうタイプなので(汗)、「寝ちゃう自分ってどうなんだろう?」と思ったりもしていたのですが、「別に寝てもいいんだ!」と思えたのは青天の霹靂でした。
この作品は台湾映画史において重要な作品であることは間違いないし、台湾の複雑な歴史に思いを馳せる上でもとても大きな役割を果たしてくれる作品です。
ちょっと身構えてしまいがちですが、台湾好きさんにこそ、気軽な気持ちでこの作品を見てもらえればと思います。
とりあえず、トニー・レオンがかっこいいから見て!!
作品をきちんと理解したい人は下記資料を読んでから見るのをおすすめします。
参考資料
「2・28事件」について理解を深めたい方は、二二八事件紀念基金会の公式サイトの説明がとても詳細なので、参考になると思います。日本語で読めます。
簡単な説明ならこちら。
辞書によって説明の仕方がやや異なることからも複雑さが伺えます。
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