「無常」を改めて見つめ直す 台湾映画「瀑布」

台湾映画『瀑布』ポスター

一年後、一週間後、一日後、私達の暮らしはどうなっているか分からないー。チョン・モンホン(鍾孟宏)監督の新作『瀑布』(The Falls)は新型コロナウイルス禍によって人々が身を以て知った「無常」というものを改めて考えさせる作品です。

中心人物は一人親家庭の母娘。母親は外資系企業の管理職として働くシングルマザー。きれいな家に住み、裕福な暮らしをしているように見えますが、高校生の娘との関係はギクシャク。娘のクラスメートがコロナに感染し、娘が在宅隔離になったのをきっかけに、思いもよらぬ変化が生じてーという物語です。チョン・モンホン作品といえば、『4枚目の似顔絵』や『失魂』、『ゴッドスピード』などどことなくブラックな印象を受けることが多いですが、『瀑布』は前作『ひとつの太陽』に続き、「家族」について正面から描いています。

母親・品雯(ピンウェン)役は『悪との距離』での好演が記憶に新しいアリッサ・チア(賈靜雯)。高校生の娘・小靜(シャオジン)を、映画『返校』で一躍人気俳優の仲間入りをしたワン・ジン(王淨)が演じています。母親の身に起きた変化を前に心細さを感じつつも母親を思いやり、高校生なりに必死に生きていこうとする小靜の強さと優しさ、けなげさなど複雑な感情を丁寧に表現しており、ワン・ジンの演技力の高さを感じさせます。ワン・ジンは現在23歳。実年齢より若い役ですが、そのキュートであどけないルックスで全く違和感なし。それどころか、ワン・ジンの可愛らしさがよりいっそう際立つキャラクターになっています。今作はワン・ジンの魅力がぎゅっと詰まっており、彼女の代表作と言える作品になること間違いなし。

主演の二人の演技はもちろんのこと、脇役&ゲスト俳優も強い存在感を放ち、作品の重要なアクセントとなっています。品雯の元夫役を演じたのはリー・リーレン(李李仁)。この元夫役は現実にいたとしたら「クズ男」という形容がぴったりな人物なのですが、リー・リーレンの優男風なルックスと雰囲気が絶妙にマッチしていて、「まあ仕方いないかな」と許せてしまう憎めない人物像に仕上がっています。そして、歌手のウェイ・ルーシュエン(魏如萱)が、物語のキーとなる役で登場する点にも要注目。独特の雰囲気を醸し出していました。素晴らしい歌声も披露しています。

このほか、チョン・モンホン作品の常連であるチェン・イーウェン(陳以文)をはじめ、リウ・グアンティン(劉冠廷)やホアン・シンヤオ(黄信堯)、チャン・シャオホアイ(張少懷)、アン・シュー(許瑋甯)などチョン・モンホン作品or台湾映画でおなじみの顔ぶれがずらり。ゲストの登場シーンはクスッと笑える場面も多く、見どころの一つです。

「コロナ禍」や「無常」、「シングルマザー」といったキーワードだけ見ると「重たい内容」と思われてしまうかもしれませんが、見ている最中は重さを感じさせないところがこの作品のすごいところ。見終わった後に、じわじわと「日常とは」ということについて考えさせられます。

今作は11月27日に授賞式が開かれる「第58回金馬奨」で10部門11ノミネートされています。また、来年の「第94回アカデミー賞」の国際長編映画賞部門に台湾代表として参加することも決まっています。

候補になっている部門を見ると、どれも納得。今作はコロナ禍というテーマを反映してか、家でのシーンが多かったのですが、撮影のために家の部分はスタジオにセットを作ったそう。台湾の映像作品はもともと存在する場所で撮影を行うことが多いと聞くので、このことからもチョン監督の熱の入れ方が伺えます。

日本では10月30日開幕の「第22回東京フィルメックス」で特別招待作品として上映されます。
※サイトを見たところ、上映は11月1日6日の模様。(日付のリンクをクリックするとチケット販売ページに飛べます)

気になる方はこの機会にぜひ!台湾映画ファンなら必見と言って過言ではない作品です。

台湾では10月22日〜24日に先行上映、29日に公開されます。

感想

私はとある貸し切り上映イベントで一般公開に先駆けて見てきたのですが、なんと、上映後にはチョン・モンホン監督ご本人が登場!少しだけQ&Aも行われました。

10月中旬、台北市内で開かれた貸し切り上映会に登場したチョン・モンホン監督

監督によると、この物語は友人の娘さんに実際に起こった出来事を基にしているそう。ネタバレになってしまうので詳細は省きますが、穏やかなエンディングを迎えるかと思っていた矢先、最後の最後に衝撃的なある出来事が発生します。監督は「もし普通だったら、これはただのドラマ的演出になってしまう。でもコロナが私達に『無常』を気付かせた。2年前の私達はマスクをして生活するようになるとは思いもしなかった。コロナによって、無常というものが現実的なものになった」といった内容の話をされていました。

私は正直、「あのまま穏やかなまま終わってくれればよかったのに」と思っていたのですが、監督のこの話を聞いて「なるほど」と非常に納得させられました。

もう一つ、監督はこういう話もされていました。

「台湾映画を撮るのは大変。だから、いいと思ったらみんなに紹介してほしい。ヒットしてお金が入ってくるのはもちろん嬉しいけどそれだけじゃない。(台湾映画への支持を願うのは)次の世代に台湾映画を繋げていくためなんだ」

台湾映画を応援している一人として、微力ながら、これからも情報発信していこうと心に誓ったのでした。

ちなみに「瀑布」というタイトルですが、なぜこのタイトルなのか。作品を見ればその答えがわかります。主人公だけでなく、今を生きる人々の心境ともリンクしているように感じ、そのタイトルの奥行きの深さに思わずうなりたくなりました。

作品情報

『瀑布』公式フェイスブック

予告編

2 COMMENTS

ゆき

この記事のおかげで東京でも上映されることを知り、今日観てきました。
とっても素敵な映画でした。
紹介して頂きありがとうございます♪

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kuroqie

ゆきさん、コメントありがとうございます。

そう言ってもらえてとても嬉しいです!すごく素晴らしい映画なので、より多くの人に見てもらいたいなと思います。

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